家屋敷へ連込むことは、庄兵衛もなんだか後《うしろ》めたいようにも思ったので、かたがた二度の主取りは見合せることにしたが、いつまでもむなしく遊んではいられないので、彼は近所の人の勧めるがままに手習の師匠を始めると、その人が親切に周旋して、とりあえず七、八人の弟子をあつめて来てくれた。そうなると、庄兵衛も家のことの手伝いもしていられない。足の不自由なお冬だけでは何かにつけて不便なので、台所働きの下女を雇うことにしたが、どの女もひと月かふた月でみな立去ってしまった。
あまりに奉公人がたびたび代るので、近所の人たちも不思議に思って、暇を取って出てゆく一人の女にそっと訊《き》いてみると、こんなことを言った。
「若い御新造《ごしんぞ》はあんな美しい顔をしていながら、なんだか怖い人です。その上に、あんまり旦那さまと仲が良過ぎるので、とても傍《そば》で見てはいられません。」
親子ほども年の違う夫婦が仲よく暮らしていることは近所の者も認めていたが、傍で見ているに堪えられないで奉公人らがみな立去るほどにむつまじいというのは、すこしく案外であった。
それから注意して窺うと、庄兵衛夫婦のむつまじいことは
前へ
次へ
全256ページ中190ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング