りのお客がひとり殖えたので、台所の方では少し慌てました。前に申上げた祖母のお初はまだ十八の娘で、今夜のお給仕役を勤めるはずになっているので、なにかの手落ちがあってはならないと台所の方へ見まわりに行きますと、お料理はお杉という老婢《ばあや》が受持ちで、ほかの男や女中たちを指図して忙しそうに働いていましたが、祖母の顔をみると小声で言いました。
「お客さまが急にふえて困りました。」
「間に合わないのかえ。」と、祖母も眉をよせながら訊きました。
「いえ、ほかのお料理はどうにでもなりますが、ただ困るのは蟹でございますよ。」
 増右衛門はふだんから蟹が大好きで、今夜の御馳走にも大きい蟹が出るはずになっているのですが、主人と客をあわせて七人前のつもりですから、蟹は七匹しか用意してないところへ、不意にひとりのお客がふえたのでどうすることも出来ない。
 出入りの魚屋《さかなや》へ聞き合せにやったが、思うようなのがない。なにぶんにも物が物ですから、その大小が不揃いであると甚だ恰好が悪い。あとできっと旦那さまに叱られる。台所の者もみな心配して、半兵衛という若い者がどこかで見付けて来るといってさっきから出て行
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