下にさらさせた。その娘は僕がひそかに想像していた通り、色の蒼白い、まったく幽霊のような美しい女であった。剪燈新話の女鬼――それが再び僕の頭にひらめいた。
 T君は娘の顔をながめ、脈を取り、さらに体温器でその熱度をはかった。そのあいだにも娘は時どきに血を吐きそうな強い咳をして、老女に介抱されていた。T君は僕たちを見返って小声で言った。
「君。どうしても肺病だね。」
「むむ。」と、僕たちは一度にうなずいた。かれが呼吸器病の患者であることは、我れわれの素人眼にも殆んど疑うの余地がなかった。
「熱は八度七分ぐらいある。」と、T君はさらに説明した。「軍医部が近いところにあれば、その容体をいって薬を貰って来てやるのだが、今はどうすることも出来ない。まあ気休めに解熱剤《げねつざい》でもあたえておこうか。」
「まあ、そんなことだな。」と、僕も言った。
 T君は雑嚢から解熱剤の白い粉薬《こなぐすり》を出して、その用法を説明してあたえると、老人は地にひざまずいて押し戴いた。それをみていて、僕はひどく気の毒になった。満洲の土人は薬をめったに飲んだことがないので、日本人にくらべると非常に薬の効目《ききめ》があ
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