れもすぐにあいたが、内には人の影もなかった。
 僕たちはもう疲れ切っているので、なにしろここで休もうということになって、破れたアンペラを敷いてある床《ゆか》の上に腰をかけた。腹はすいているが、食いものはない。せめては水でも飲もうと、四人は肩にかけている水筒をとって飲みはじめたが、午飯《ひるめし》のときの飲み残りぐらいでは足りないので、僕は門前の井戸へ汲みに出ると、かの男はまだそこの柳の下に立っていた。
 僕が水をくれと言うと、彼は快くバケツの水を水筒に入れてくれたが、やはり何か口早にささやくのである。それが僕にはどうしても呑み込めないので、彼も焦れて来たらしく、再び木の枝を取って、「家有妖」と土に書いた。それで僕にも大抵は想像が付いた。僕は「鬼」という字を土に書いて見せると、それは知らない。しかしあの家には妖があると彼は答えた。この場合、鬼と妖とはどう違うのか判らなかったが、この家はなにか一種の化物屋敷とでもいうものであるらしいことだけはまず判った。要するに、あの家には妖があるから、うかつに入り込むのはよせというのである。僕は彼に礼をいって別れた。
 引っ返してみると、僕の出たあとへ一
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