ありげに眉をよせて、張の顔をじっと眺めていたが、やがて詞《ことば》をあらためて訊いた。
「おまえの家では何かの神を祭っているか。」
「いえ、一向に不信心でございまして、なんの神ほとけも祭っておりません。」
「どうも不思議だな。」
将軍のひたいの皺はいよいよ深くなった。そのうちに何を思い付いたか、かれはまた訊いた。
「おまえの妻はどんな女だ。」
突然の問いに、張訓はいささか面喰らったが、これは隠すべき筋でもないので、正直に自分の妻の年頃や人相などを申立てると、将軍は更に訊いた。
「そうして、右の眉の下に大きいほくろ[#「ほくろ」に傍点]はないか。」
「よく御存じで……。」と、張訓もおどろいた。
「むむ、知っている。」と、将軍は大きくうなずいた。「おまえの妻はこれまで、二度もおれの枕もとへ来た。」
驚いて、呆れて、張訓はしばらく相手の顔をぼんやりと見つめていると、将軍も不思議そうにその子細を説明して聞かせた。
「実は半年ほど前に、おまえ達を呼んでおれの扇子をやったことがある。その明くる晩のことだ。ひとりの女がおれの枕もとへ来て、昨日張訓に下さいました扇子は白扇でございました。どうぞ御
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