ぶらせた青蛙《せいあ》[#「青蛙」は底本では「井蛙」]の号はすくないらしい。彼は本姓を梅沢君といって、年はもう四十を五つ六つも越えているが、非常に気の若い、元気のいい男である。その職業は弁護士であるが、十年ほど前から法律事務所の看板をはずしてしまって、今では日本橋辺のある大商店の顧問という格で納まっている。ほかにも三、四の会社に関係して、相談役とか監査役とかいう肩書を所持している。まず一廉《ひとかど》の当世紳士である。梅沢君は若いときから俳句の趣味があったが、七、八年前からいよいよその趣味が深くなって、忙しい閑《ひま》をぬすんで所々の句会へも出席する。自宅でも句会をひらく。俳句の雅号を金華《きんか》と称して、あっぱれの宗匠顔をしているのである。
 梅沢君は四、五年前に、支那から帰った人のみやげとして広東製の竹細工を貰った。それは日本ではとても見られないような巨大な竹の根をくりぬいて、一匹の大きい蝦蟆《がま》を拵らえたものであるが、そのがま[#「がま」に傍点]は鼎《かなえ》のような三本足であった。一本の足はあやまって折れたのではない、初めから三本の足であるべく作られたものに相違ないので、
前へ 次へ
全256ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング