つづいて養子、つづいて養女、それがみな七、八年とは続かないでばたばたと倒れてしまって、僅かのあいだに今の主人が六代目というわけだそうです。
今の主人もやはり養子で、年も若いので、三十年奉公している王という男が、万事の世話をしている。これはなかなかの忠義者で、家に妖ある事を知りながら、引きつづく不幸の中に立って、徐の一家を忠実に守護しているのだそうです。そういう次第で、近所でも王の忠義には同情しているが、家に妖ありとして徐の一家をひどく恐れ嫌っている。諸君はなんにも知らないで、うかうかその門をくぐろうとするのを見て、かの若い支那人は親切に注意したが、詞《ことば》がよく通じないので諸君は顧《かえ》りみずして去ったと言って、あとでまだ不安に思っているようでした。」
「ははあ、そういうわけですか。実はもうその妖に逢いましたよ。」と、T君はまじめで言った。
「妖に逢った……。どんなことがあったのです。」と、S君もまじめで訊きかえした。
「いや、冗談ですよ。」と、僕は気の毒になって打消した。「なに、ここの家のむすめの病気を診《み》てくれと頼まれて、T君が例の美人療治をやったのですよ。」
「はあ、そうでしたか。」と、S君も微笑した。「娘というのはおそらく嫁でしょう。私はその娘のことを聴きました。徐の家は呪われているというので、近い処からは誰も嫁に来るものがない。忠僕の王が山東省まで出かけて行って、美人の娘をさがして来た。といっても、実は高い金を出して買って来たのでしょう。ところが、ここへ来るとすぐに病人になって、いつまでも癒らないので困っているということです。よその人に対しては、主人の妻というのを憚って、主人の娘といったのでしょう。病気はなんです。」
「たしかに肺病ですね。」と、T君は答えた。
「可哀そうですな。」と、S君も顔をしかめた。「まさかに、ここの家へ貰われて来たせいでもないでしょうが、遅かれ速かれ、家に妖ありの材料がまたひとつ殖えるわけですな。いや、どうも長話をしました。諸君はここにお泊りでしょうから、まあ注意して妖に祟られない方がいいですよ。女妖というのはなお怖ろしいですから。」
まじめな顔で冗談を言いながら、S君が我れわれのまどいを離れた頃には、高粱の薪《まき》ももう大方は灰となって、弱い火が寂しくちろちろと燃えていた。僕たち四人も門前まで送って出ると、空には銀のような星が一面に光って、そこらにはこおろぎ[#「こおろぎ」に傍点]の声がみだれて聞えた。今夜はもう霜がおりたのかと思われるほどに、重い夜露が暗いなかに薄白く見えた。
「寒い、寒い。もう一度、高粱を焚こう。」
S君を見送ると僕たちは早々に内へはいった。
あくる朝ここを出るときに、かの老人は再び湯と茶と砂糖とを持って来てくれた。彼は愛想よく我れわれに挨拶していたが、気のせいかその顔には暗い影が宿っていた。ゆうべの薬をのませたら、病人もけさは非常に気分がいいと言って、彼は繰返して礼をいっていた。
前方の銃声がけさは取分けて烈しくきこえるので、僕たちもそれにうながされるように急いで身支度をした。S君のゆうべの話を再び考えるひまもなしに、僕たちは所属師団司令部の所在地へ駈けて行った。老人は門前まで送って来て、あわただしく出て行く我れわれに対して、いちいち会釈《えしゃく》していた。
我れわれが遼陽の城外にゆき着いたのは、それから三日の後である。その後、僕は徐の家を訪問する機会がなかったが、かの老人はどうしたか、病める娘はどうしたか。妖ある家は遂にほろびたか、あるいは依然として栄えているか。今ときどきに思い出さずにはいられない。
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蟹《かに》
一
第八の女は語る。
これはわたくしの祖母から聴きましたお話でございます。わたくの郷里は越後の柏崎で、祖父の代までは穀屋《こくや》を商売にいたしておりましたが、父の代になりまして石油事業に関係して、店は他人に譲ってしまいました。それを譲り受けた人もまた代替りがしまして、今では別の商売になっていますが、それでも店だけは幾分か昔のすがたを残していまして、毎年の夏休みに帰省しますときには、いつも何だか懐かしいような心持で、その店をのぞいて通るのでございます。
祖母は震災の前年に七十六歳で歿しましたが、嘉永《かえい》元年|申《さる》歳の生れで、それが十八の時のことだと申しますから、たぶん慶応初年のことでございましょう。祖母はお初と申しまして、お初の父――すなわちわたくしの曽祖父《ひいじじい》にあたる人は増右衛門、それがそのころの当主で、年は四十三四であったとか申します。先祖は出羽《でわ》の国から出て来たとかいうことで、家号は山形屋といっていました。土地では旧家の方でもあり、そのころは商売もかな
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