でも雪の降っている日であったそうですが、二人の旅びとがたずねて来た。たずねて来たといっても、物に追われたようにあわただしく駈け込んで来たのです。その旅びとは主人にむかって、我れわれは捕吏に追われている者であるから、どうぞ隠まってもらいたい。その代りに我れわれの持っている金を半分わけてあげると言って、重そうな革袋を出して渡した。主人も欲に眼がくらんで、すぐによろしいと引受けた。が、さてそれを隠すところがないので、あたかも瓦竈《かわらがま》に火を入れてなかったを幸いに、ふたりをその竈のなかへ押込んで戸を閉めると、続いてそのあとから巡警が五、六人追って来て、今ここへ怪しい二人づれの旅びとが来なかったかと詮議したが、主人は空とぼけて何にも知らないと言う。しかし巡警らは承知しない、たしかにこの家へ逃げ込んだに相違ないといって、家探《やさが》しを始めかかったので、主人も困った。これは飛んでもないことをしたと、いまさら悔んでももう遅い。あわや絶体絶命の鍔際《つばぎわ》になったときに、伜の兄が弟に眼くばせをして、素知らぬ顔でその竈に火を焚き付けてしまった。いや、どうも怖ろしい話です。
巡警らは家内を残らず捜索したが、どこにも人の姿が見あたらない。竈には火がかかっているので、まさかそのなかに人間が隠してあろうとは思わない。結局不審ながらに引揚げたので、主人はまずほっとしたが、さて気にかかるのは竈のなかの人間です。
瓦と同じように焼かれては堪らない。どうもひどい事をしたものだと言うと、せがれ達の言うには、あの二人は、なにか重い罪を犯したものに相違ない。それを隠まったということが露顕すれば、我れわれ親子も重い罰をうけなければならない。こうなったら仕方がないから、彼らを焼き殺して、我れわれの禍いを逃がれるよりほかはない。彼らとても追手に捕われて、苦しい拷問やむごたらしい処刑をうけるよりも、いっそ一と思いに焼き殺された方がましかも知れない。我れわれが早くに竈へ火をかけたればこそ、追手も油断して帰ったが、さもなければ真っ先に竈の中をあらためて、彼らは勿論、我れわれも今ごろは手枷《てかせ》や首枷をはめられているであろうと言う。
それを聞くと主人も伜たちの残酷を責める気にもなれなくなって、そんなら思い切って十分に焼いてしまえというので、自分も手伝って、焚き物をたくさんに入れて、哀れな旅びとふたりを火葬にしてしまったのです。旅びとは何者だか判りませんが、おそらく長髪賊の余類だろうということです。江南の賊が満洲へ逃げ込んで来るのもおかしいように思われますが、ここらではそう言っているのです。
いずれにしても、旅びとは死んで金袋は残った。無事旅びとを助けてやれば、その半分を貰うはずでしたが、相手がみな死んでしまったので、その金は丸取りです。金高はいくらだか知りませんが、徐の家がにわかに工面《くめん》よくなったのは事実で、近所でも内々不思議に思っていると、その以来、徐の瓦竈にはさまざまの奇怪なことが起ったのです。
まず第一は瓦が満足に焼けないで、とかくに焼けくずれが出来てしまうことですが、さらに奇怪なのは窯変《ようへん》です。御承知でもありましょうが、窯変というのは竈の中で形がゆがんでさまざまの物の形に変るのをいうので、数ある焼物のうちに稀にそういうこともあるものだそうですが、徐の家の竈にはその窯変がしばしば続いて、もとより瓦を焼くつもりであるのに、それを竈から取出して見ると、たくさんの瓦がみな人間の顔や手や足の形に変っている。
それがまた近所の噂になって、徐のうちの窯変には何かの子細があるらしいと噂されているうちに、或る日その若いせがれが竈の中で焼け死んでいるのを発見した。弟が竈にはいっているのを知らないで、兄が外から戸をしめて火をかけたとかいうのです。つづいてその兄も発狂して死ぬというわけで、不幸に不幸が重なって来ました。
それでも主人は強情に商売をつづけていたが、相変らずの窯変がつづくのでどうすることも出来ない。結局根負けがして瓦屋を廃業して、土地や畑を買って農業を営むこととなったが、その後は別に異変もなく、むしろ身上《しんしょう》は大きくなる方で、それから十年あまりの後に主人は死んだ。その死にぎわにいろいろのことを口走ったので、瓦竈の秘密が初めて世間に洩れたというのですが、何分にも十年余の昔のことでもあり、確かな証拠もないことですから、それは単に重病人の譫言《うわごと》というだけで済んでしまったそうです。しかし、かの窯変といい、兄弟の死に方といい、それは事実に相違ないと近所の者は今でも信じているのです。
兄弟のせがれは父よりも早く死んだので、徐の家では女の子を貰ってそれに婿を取ったのですが、それも主人が死んでから二、三年の後には夫婦ともに死ぬ。
前へ
次へ
全64ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング