く人で、娘も進んで行くというなら、おれは喜んで承知するよ。昔と今とは世の中が違うからな。
柳 お前さんがそう云ってくれれば、わたしも安心だけれど……。
李中行 それだから安心していろよ。はははははは。
(正面の扉をたたく音。)
柳 阿香が帰ったのかしら。(考える。)そんなら戸をたたく筈もないが……。
李中行 それとも、せがれが遣って来たのかな。
(柳は立って扉をあけると、旅すがたの男一人入り来る。男は四十余歳にて、鬚あり。)
柳 (すかし視て。)おまえさんは誰だね。
旅の男 おかみさんはもう私を見忘れましたかね。
柳 はてね。そう云えば、なんだか見たような顔でもあるが……。
旅の男 (笑いながら。)御亭主は覚えていなさるでしょうね。
李中行 (立ちあがって覗く。)成程、見たことがあるようだが……。ちょっと思い出せないな。
旅の男 (しずかに。)わたしは預け物をうけ取りに来たのです。
李中行 (思い出して。)ああ、判った、判った。おまえさんは……あの人だ、あの人だ。
旅の男 ここの家《うち》に四五日御厄介になったことのある旅の者です。三年|後《のち》の八月十五夜の晩には、必ず再びたずねて
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