李中行 今夜はせがれを相手に飲む積りだったが、あいつめ、まだ形をみせない。こうなったら仕様がないから、せめて高田さんでも来ればいいな。(外へ声をかける。)おい、高田さんは屹《きっ》と来ると云ったのか。
阿香 ええ、ええ、屹と来る筈なんだけれど……。あの人は何をしているんだろう。わたし行って呼んで来るわ。
柳 まあ、いいよ。若い女が夜あるきをするにゃあ及ばない。そのうちに来るだろうよ。
阿香 でも、ちょいと行って来るわ。お父さん。まあそれまではお酒を飲まずに、待っていて下さいよ。(早々に下のかたへ去る。)
柳 とうとう出て行ってしまった。あの子は高田さんばかり恋しがっているんだよ。
李中行 (笑う。)まあ、仕方がない。打っちゃって置け。おれはこの通りの貧乏だから、若い娘を印刷工場へ通わせて置くが、いつまでそうしても置かれない。遅かれ早かれ他《よそ》へ縁付けなければならないのだ。(又笑う。)高田さんは善い人だよ。
柳 そりゃ私も知っているけれど……。じゃあ、いよいよと云うときには、お前さんも承知してくれるのね。
李中行 むむ、承知するよ。日本人でも何でも構うものか。相手が正直で、よく働
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