あのときに病気と云ったのは嘘で、実はなんとかしてこの箱を持ち出そうと苦心して、四日も五日も逗留していたのですが、箱はどうしても動かないのです。私もとうとう諦めて、兎も角もこちらにお預け申して立去ったのですが、三年の後に来てみれば、箱はこの通りで矢はり重い。私ひとりの手では持ち運びは出来ない。(悲痛の顔色。)もう仕方がありません。私は神に見放されたのです。
(男は目を瞑《と》じ、腕をくんで、万事休すというが如くに嘆息す。李の夫婦は顔をみあわせる。)
李中行 なんだか謎のような話で、わたし達には一向わからないが、この箱に入れてある貴い物の正体はなんだね。
旅の男 こうなったら隠さずに話します。この箱のなかに祭ってあるものは……三本足の青い蝦蟆《がま》です。
李中行 え、三本足の青い蝦蟆だ……。
柳 まあ、気味の悪い。なぜそんな物を大事そうに持ち歩いているんだろうねえ。
旅の男 おまえさん達は青蛙神《せいあじん》を知りませんか。
李中行 青蛙神……。(考える。)いや、聞いたことがある。江南のある地方では、青蛙神と云って三本足の青い蝦蟆を祭るということだが……。では、その青蛙神がこの箱の中に祭
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