高田 さあ、信じると云うわけでもありませんが……。今もいう通り、八千|両《テール》の金を祈って、それから五日目に丁度その半額の金が手に入るというのは……(すこし考えて。)勿論、偶然の暗合ではありましょうが……。私はこのごろ好んで怪談の書物を読んでいるせいか、こういう場合には兎角その方へ引き付けて、ミステリアスに考える傾きがあるようです。
中二 そうすると、あなたも親父とおなじように、第二の犠牲を恐れているんですか。
高田 いや、そうまではっきり[#「はっきり」に傍点]とも考えていないんですが……。お父さんは余程それを気にしているようですね。
中二 親父は勿論、おふくろも頻りにそれを気に病んでいるようですから、私は努めてその迷いを打ち破ろうとしているんですが……。(又笑う。)今のお話の様子じゃあ、あなたも私の味方にはなって呉れそうもありませんね。
高田 いや、味方になりますよ。
中二 でも、あなたは今度の出来事を偶然の暗合とばかりは認めていないんでしょう。
高田 そこが自分にもよく判らない、いわゆる半信半疑なんですが……。まあ、いずれにしても、この際お父さんや阿母さんに余計な心配をかけるのは好くありませんから、私も努めて打ち消すように注意しますよ。
中二 どうぞそう願います。なにしろ、親父もおふくろも非常な迷信家ですから……。
高田 (自分を嘲《あざ》けられたような軽い不快を感じながら。)私もその迷信のお仲間かも知れませんよ。はははははは。(無理に笑いながら、立って歩きまわる。やがて立停まって。)ゆうべも又ここへ蝦蟆が出たそうですね。
中二 ゆうべは忙がしいので、わたしは泊りに来ませんでしたが……。親父が又そんなことを云いましたか。
高田 つかまえて、何処へか捨てて来たそうです。
中二 はあ、そうですか。(笑う。)親父もよく色々のことを云いますね。
高田 眼で見たばかりでなく、その蝦蟆を捉《つか》まえたと云うのだから、嘘じゃ無いでしょう。
中二 嘘じゃ無いかも知れません。ここらには蛙のたぐいは沢山棲んでいますからね。
高田 併し三本足の青い蝦蟆なんぞは滅多に棲んでいないでしょう。
中二 (冷《ひやや》かに。)今のおやじの眼には、どんなひきがえる[#「ひきがえる」に傍点]を見ても青く見えるでしょう。三本足にも見えるでしょうよ。
高田 (いよいよ不快を感じて。)そう云えば
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