大きい瓶のなかに入れて埋めてあるのだ。そうして置けば、誰も気の付く筈がない。だれにも取られる筈がない。はは、どんなものだ。はははははは。
高田 そうして置いたら大丈夫かも知れませんが、その代りに利子が取れませんね。
李中行 又それを云いなさるか。若い人達はそれだから困るな。利息などを取ろうとするから、却って大きい損をするのだ。
(高田は笑いながら中二と再び顔を見合わせ、とても云っても無駄だという思入れ。中二もあきらめたように首肯《うなず》く。李はやがて立上る。)
李中行 いつも云うことだが、年寄りと若い者とはどうも話が合わない。高田さん。せがれが帰って来ましたから、若い同士でまあゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]お話しなさい。私は御免を蒙ってお先へ休みますからな。
高田 相変らず早寝ですね。
李中行 早寝は昔からの癖ですよ。
(李は笑いながら寝室に入る。二人も笑いながら後を見送る。)
中二 あれだから話にならない。はははははは。
高田 いや、日本でも田舎へ行くと、やっぱりあんな年寄りがありますよ。
中二 そうですかなあ。いや、それがおかしいんですよ。あなたの工場から妹の弔慰金を送って来ると、親父はしきりに気味を悪がって、そんな金を貰うと跡がおそろしいと云って、容易に受取ろうとしなかったのを、私たちが無理に勧めて受取らせたんです。ところで、さあ其金を自分の手に受取っていると、又むやみにそれが惜しくなって、銀行へも預けないで自分がしっかり握っていると云うんだから、可笑《おか》しいじゃありませんか。一体、どこへ埋めたのかな。(立って土間をみまわす。)それとも畑のなかへでも埋めたかな。
高田 お父《とっ》さんは工場から届けて来た弔慰金をどうしても受取らないと云うのを、私達が色々に説得して受取らせることにしたんですが……。青蛙神に八千|両《テール》の金を祈って、扨《さて》その半額の四千両が手に入るようになると、その代りに娘が命を取られた。してみると、残りの四千両が手に入るときには、更に第二の犠牲を払わなければならない。こう思うと、お父さんの怖ろしがるのも無理はないかも知れませんね。
中二 私もこのあいだ親父の話を聴いたときには、一旦はなんだか変な心持にもなりましたが、つまり偶然の暗合で、別にどうと云うことも無いんですよ。(笑いながら。)あなたは青蛙神とか云うものを信じますか。
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