廻しながら声を低める。)実はね、その三本足の青い蝦蟆がゆうべもここへ出て来たのですよ。
高田 本当にここへ出て来ましたか。あなたの眼のせいじゃあ無いんですか。
李中行 (頭を掉《ふ》る。)いいえ、確に出て来て……。(卓の下を指さす。)この卓の下にうずくまっているのを見付けたので、私は直ぐに捉《つか》まえて……。
高田 (熱心に。)つかまえて……。それからどうしました。
李中行 娘のかたきだから、いっそ踏み殺してでも遣ろうかと思ったのですが……。そんなことをして、又どんな祟りをされるかも知れないと思うと、わたしも何だか怖くなったので、そのまま紙の袋へ入れて、遠い野原へ捨てて来たのです。ねえ、おまえさん。現在わたしがこの手で捉まえたのが、確な証拠ではありませんか。
高田 むむ。(うなずく。)そうして、その蝦蟆はそれぎり姿を見せませんか。
李中行 それはお前さん。わざわざ遠いところへ捨てて来たのだから、二度と帰って来る筈はありません。みんな眼のせいだ、眼のせいだと云っていたが、あの蝦蟆はやっぱり本当にここの家《うち》に忍んでいたのですよ。(高田の顔を覗いて。)お前さんはまだ疑いますか。
高田 疑うと云うわけではありませんが……。不思議ですよ。
李中行 まったく不思議ですよ。
高田 ふむう。(考えている。)
(二人は暫く無言。下のかたより李中二、洋服に雨外套を着て、洋傘をさして出で、入口の扉を叩く。高田はみかえりて立とうとするを、李は制す。)
李中行 およしなさい、およしなさい。今夜のような晩には、又どんな奴が押掛けて来ないとも限らない。迂闊に戸を開けない方が無事ですよ。
高田 いや、今度こそは中二君でしょう。(立って扉をあける。)ああ、やっぱり中二君だ。降り出して困ったでしょう。
中二 雨は仕方もないが、ここらは路が悪いのと暗いのでね。(外套をぬぎながら。)町から来ると、まったく閉口ですよ。
李中行 町に住み馴れたと思って、そんな生意気なことを云うなよ。お前もここで生れて、ここで育った人間ではないか。
中二 阿母さんは……。奥ですか。
(李はうなずく。中二は榻《とう》に腰をかけて、巻煙草を喫《す》いはじめる。)
高田 今夜もお泊まりだそうですね。
中二 ええ。親父やおふくろが頻りに寂しがるので、主人にも訳を話して、まあ当分は一晩置きぐらいに泊まりに来ることにしているんです
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