》ゆ。)
會徳 これ、これ、どうしたものだ。好い年をして夫婦喧嘩は外聞が悪いではないか。まあ、まあ、静かにするが好い。
柳 だって、お前さん。まあ、聴いてください。この頃は高梁《コーリャン》の刈入れ時で、どこの家でも眼が廻るほど忙がしいのに、この人は朝から煙草ばかりぱくぱく喫《の》んで、寝そべって……。
李中行 なんでおれが寝ているものか。夜明けからちゃん[#「ちゃん」に傍点]と起きているのだ。
柳 起きているか、死んでいるか、判るものか。秋の日は短いというのに、なぜ朝からぶらぶら[#「ぶらぶら」に傍点]遊んでいるんだよ。
李中行 遊んでいるのではない。こうして黙って坐っていても、おれには又おれの料簡がある。燕雀いずくんぞ大鵬のこころざしを知らんと、昔の陳勝呉廣《ちんしょうごこう》も云っているのだ。
柳 なんの、聴き取り学問で利口ぶったことを云うな。百姓が畑へも出ないで、毎日のらくら[#「のらくら」に傍点]していてそれで済むと思うのかよ。早く刈込んで来なければ、たべ物ばかりか、焚き物にも困るじゃないか。ほんに、ほんにお前のような人は豚にも劣っているのだ。
李中行 なにが豚だ。
會徳 まあ、両方がそう云い募っていては、果てしが無い。そこで、おれはどっちの贔屓《ひいき》をするでもないが、きょうの喧嘩はどうも親父の方が好くないようだぞ。おふくろの云う通り、今は高梁の刈入れ時で、人間の手足が八本も欲しいという時節に、朝から喞《くわ》え煙管で一日ぶらぶら[#「ぶらぶら」に傍点]しているのは、あんまり悠長過ぎるではないか。お前はそんな怠け者ではなかった筈だが……。
李中行 (笑う。)はは、おまえまでが女房の味方をするのか。いや、それも無理のないことだ。成程、おれは悠長過ぎるかも知れない、怠け者かも知れない。まあ、なんとでも云うが好い。何事も自然に判ることだ。はははははは。人間はなんでも好い友達を持たなければいけない。お前もおれという好い友達を持ったお蔭で、又どんな仕合せなことが無いとも云えないから、それを楽しみに待っているが好い。はははははは。
會徳 (柳と顔を見あわせる。)どうも少し変だな。気がおかしくなったのではないか。
柳 少しどころか、大変におかしいんですよ。
會徳 まったく気がおかしいようだ。困ったものだ。な。兎もかくも息子のところへ知らせて遣ったらどうだな。
柳 娘
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