が工場へ行きがけに、中二の店へ寄って来る筈になっているから、今夜か明日《あした》の晩には来るでしょうよ。
會徳 むむ。息子が来たらば好く相談をするがよかろう。(李を横目に見て。)どうも不断とは様子が違っているようだから、まあ逆らわずに捨てて置く方が無事らしい。お前もその積りで……。(喧嘩をするなと眼で知らせる。)
柳 (渋々ながら首肯《うなず》く。)まったくこんな人を相手にしているのは暇潰しだ。まあ、仕方がないから、私ひとりで仕事に出ましょうよ。
會徳 それが好い、それが好い。では、おれも行くとしようか。
李中行 もう帰るのか。そんなに齷齪《あくせく》働かなくっても好いではないか。
會徳 どうして、どうして、今もいう通り、手足が八本もほしい時節だ。
(會徳は下のかたへ立去る。)
柳 誰だってそうだ。齷齪しなければ生きていられない世の中ということを知らないのは、お前さんぐらいのものだ。(鎌を持ちて行きかけて立戻る。)おまえさんは何かに祟られているんだよ。
李中行 祟られている……。
柳 屹《きっ》と何かに祟られているんだよ。十五夜の晩に、おかしい旅の奴が来て、青蛙神だとか云って三本足の青い蝦蟆を見せると、わたしが止めるのも肯《き》かないで、おまえさんは何か祈ったろう。障らぬ神に祟り無しと云うのはその事だ。神様だが魔物だか判らないようなものに、うっかり祈ったり、願掛けをしたりすると、飛んでもない祟りや災難を受けることがあるものだ。お前さんは屹とあの蝦蟆に祟られたんだよ。それで無くって、今まで真面目に働いていた人間が、急に生まれ変ったような怠け者になる筈が無いからね。
李中行 祟られるなら祟られても好い。幾度云っても同じことで、おれの料簡はおまえ達には判らないのだ。まあ、打っちゃって置いてくれ。
(李は笑いながら悠々と長煙管の煙草をのんでいる。)
柳 (舌打ちして。)ええ、どうとも勝手にするが好い。気違いじじいめ。
(柳はそのまま表へ出で、足早に下のかたへ立去る。李はそのうしろ姿を見て、大きく笑い出す。)
李中行 なにが気ちがいだ。どいつも今にびっくりするな。あはははははは。(立って土間をあるき廻る。)中二の奴めも利口ぶって、何かおれに意見するだろう。あははははは。あいつ等はみんな青蛙神の奇特を知らないのだ。青蛙神に祈れば、自然に福を授けられると云うことを知らないのだ。あ
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