、その西瓜が再び女の首に見えたのだろう。中間の眼にも勿論そう見えたろう。それも所詮は一時の錯覚で、みんなが落ち着いてよく見ると、元の通りの西瓜になってしまった。詰まりそれだけの事さ。むかしの人はしばしばそんなことに驚かされたのだな。その西瓜をたち割ってみると、青い蛙が出たとか、髪の毛が出たとかいうのは、単に一種のお景物に過ぎないことで、瓜や唐茄子からは蛇の出ることもある。蛙の出ることもある。その時代の本所や柳島辺には蛇も蛙もたくさんに棲んでいたろうじゃないか。丁度そんな暗合があったものだから、いよいよ怪談の色彩が濃厚になったのだね。」
彼は無雑作《むぞうさ》に言い放って、又もや高く笑った。いよいよ小癪に障るとは思いながら、差しあたってそれを言い破るほどの議論を持合せていないので、わたしは残念ながら沈黙するほかはなかった。外はいよいよ日盛りになって来たらしく、油蝉の声がそうぞうしく聞えた。
倉沢はやがて笑いながら言い出した。
「そうは言うものの、僕の家《うち》にも奇妙な伝説があって、西瓜を食わないことになっていたのだ。勿論、この話とは無関係だが……。」
「君は西瓜を食うじゃないか。」
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