のではない。柳島《やなぎしま》に近いところに住んでいる小原数馬《おはらかずま》という旗本屋敷から受取ったものである。小原は小普請入《こぶしんい》りの無役といい、屋敷の構えも広いので、裏のあき地一円を畑にしていろいろの野菜を作っているが、それは自分の屋敷内の食料ばかりでなく、一種の内職のようにして近所の商人《あきんど》にも払い下げている。なんといっても殿様の道楽仕事であるから、市場で仕入れて来るよりも割安であるのを幸いに、ずるい商人らはお世辞でごまかして、相場はずれの廉値《やすね》で引取って来るのを例としていた。八百屋の亭主は伊平の話を聴いて顔をしかめた。
「実は小原さまのお屋敷から頂く野菜は、元値も廉し、品も好し、まことに結構なのですが、ときどきにお得意さきからお叱言《こごと》が来るので困ります。現にこのあいだも南瓜《かぼちゃ》から小さい蛇が出たと言ってお得意から叱られましたが、それもやっぱり小原さまから頂いて来たのでした。ところで、今度はお前さんのお屋敷へ納めた西瓜から蛙が出るとは……。尤もあの辺には蛇や蛙がたくさん棲んでいますから、自然その卵子《たまご》がどうかしてはいり込んで南瓜
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