は透かし視て声をかけた。
「おや、伊平か。早かったね。」
「はい。」
「なんだか息を切っているようだが、途中でどうかしたのかえ。」
「はい。どうも途中で飛んだことがござりまして……。」と、伊平は気味の悪い持ち物を縁側におろした。
「実はこの西瓜が……。」
「その西瓜がどうしたの。」
「はい。」
 伊平はなにか口ごもっているので、お米も少し焦《じ》れったくなったらしい、行燈の前を離れて縁側へ出て来た。
「そうして、湯島へ行って来たの。」
「いえ、湯島のお屋敷へは参りませんでした。」
「なぜ行かないんだえ。」
 訳を知らないお米はいよいよ焦れて、自分の眼のまえに置いてある風呂敷づつみに手をかけた。
「実はその西瓜が……。」と、伊平は同じようなことを繰返していた。
「だからさ。この西瓜がどうしたというんだよ。」
 言いながらお米は念のために風呂敷をあけると、たちまちに驚きの声をあげた。伊平も叫んだ。西瓜は再び女の生首と変っているのである。
「何だってお前、こんなもの持って来たのだえ。」
 さすがは武家の女房である。お米は一旦驚きながらも、手早くその怪しい物に風呂敷をかぶせて、上からしっかりと押え付けてしまった。その騒ぎを聞きつけて、主人も客も座敷から出て来た。
「どうした、どうした。」
「伊平が人間の生首を持って帰りました。」
「人間の生首……。飛んでもない奴だ。わけを言え。」と、八太郎も驚いて詮議した。
 こうなれば躊躇してもいられない。もともとそれを報告するつもりで帰って来たのであるから、伊平は下谷の辻番所におけるいっさいの出来事を訴えると、八太郎は勿論、客の池部も眉をよせた。
「なにかの見違いだろう。そんなことがあるものか。」
 八太郎は妻を押しのけて、みずからその風呂敷を刎ねのけてみると、それは人間の首ではなかった。八太郎は笑い出した。
「それ見ろ。これがどうして人間の首だ。」
 しかしお米の眼にも、伊平の眼にも、たしかにそれが人間の生首に見えたというので、八太郎は行燈を縁側に持ち出して来て、池部と一緒によく検《あらた》めてみたが、それは間違いのない西瓜であるので、八太郎はまた笑った。しかし池部は笑わなかった。
「伊平は前の一件があるので、再び同じまぼろしを見たともいえようが、なんにも知らない御新造までが人間の生首を見たというのは如何《いか》にも不思議だ。これはあ
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