た。彼は非常に気がたかぶっていて、その頭の上に両腕をふりまわしていた。それを見た一刹那、僕はうんざり[#「うんざり」に傍点]した。出しゃばり者の幽霊めが入り込んで来たので、すべての希望も空《くう》に帰した。あいつがここにいる間は、僕は何も言うことは出来ないのである。
「ご存じですか」と、幽霊は呶鳴った。「ジョン・ヒンクマン氏があすこの丘をのぼって来るのを……。もう十五分間ののちにはここへ帰って来ますぜ。あなたが色女をこしらえるために何かやっているなら、大急ぎでおやりなさい。しかし、私はそんなことを言いに来たのではありません。わたしは素敵|滅法界《めっぽうかい》の報道をもたらして来たのです。私もとうとう移転することになりましたよ。今から四十分ほどにもならない前に、ロシアのある貴族が虚無《きょむ》党に殺されたのですが、誰もまだ彼の死について幽霊の株のことを考えていないのです。わたしの友達が、そこへ私をはめ込んでくれたので、いよいよ移転することが出来たのです。あの大禁物のヒンクマン氏が丘を登って来る前に、わたしはもう立ち去ります。その瞬間から私は大嫌いの贋《まが》い者をやめにして、新しい位地
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