で、自然はほほえむようにもみえた。しかも今日はマデライン嬢と一緒に散歩するでもなく、馬に乗るでもなかった。彼女は一日働いているらしく、僕はちょっとその姿を見ただけであった。食事の時にわれわれは顔を合わせたが、彼女はしとやかであった。しかも静かで、控え目がちであった。僕はゆうべ彼女に対してはなはだ乱暴であったが、僕の言葉の意味はよく分かっていないので、彼女はそれをたしかめようとしているに相違なかった。それは彼女として無理もないことで、ゆうべの僕の顔色だけでは、言葉の意味はわかるまい。僕は伏目になって凋《しお》れかえって、ほんの少しばかり口をきいただけであったが、僕の窮厄《きゅうやく》の暗黒なる地平線を横断する光明の一線は、彼女がつとめて平静をよそおいながら、おのずから楽しまざる気色のあらわれていることであった。
 月の明かるい廊下もその夜は空明《からあ》きであった。しかし僕は家のまわりをうろつき歩いているうちに、マデライン嬢がひとりで図書室にいるのを見つけた。彼女は書物を読んでいたので、僕はそこへはいって行って、そばの椅子に腰をおろした。僕はたといじゅうぶんでなくとも、ある程度まではゆうべの行動について弁明を試みておかなければなるまいと思った。そこで、ゆうべ僕が用いた言葉に対して、僕が弁解すこぶるつとめているのを、彼女は静かに聴きすましていた。
「あなたがどんなつもりでおっしゃっても、私はなんとも思っていやあしませんわ」と、彼女は言った。「けれども、あなたもあんまり乱暴ですわ」
 僕はその乱暴の意思を熱心に否認した。そうして、僕が彼女に対して乱暴を働くはずがないということを、彼女もたしかに諒解したであろうと思われるほどの、やさしく温かい言葉で話した。僕はそれについて懇こんと説明して、そこにある邪魔がなければ、彼女が万事を諒解し得るように、僕がもっと明白に話すことが出来るのであるということを、彼女が信用してくれるように懇願した。
 彼女はしばらく黙っていたが、やがて以前よりもやさしく思われるように言った。
「とにかく、その邪魔というのは私の叔父に関係したことですか」
「そうです」と、僕はすこし躊躇《ちゅうちょ》したのちに答えた。「それはある程度まであの人に関係しているのです」
 彼女はそれに対してなんにも返事をしなかった。そうして、自分の書物にむかっていたが、それを読ん
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