なことがあったらば、早速お知らせを願いたいというだけのことです。その代りに、わたしの方でもあなたの恋愛事件については、喜んでご助力をするつもりです」
「君は僕の恋愛事件を知っているらしいね」と、僕は言った。
「オー、イエス」と、彼は少しく口をあいて言った。「私はここにいるのですからね。それを知らないわけにはゆきませんよ」
マデライン嬢と僕との関係を幽霊に見張っていられて、二人が立ち木のあいだなどを愉快に散歩している時にも彼についていられるのかと思うと、それは気味のよくないことであった。とはいえ、彼は幽霊としてはすこぶる例外に属すべきもので、かれらの仲間に対して普通にわれわれがいだくような反感を持つことも出来なかった。
「もう行かなければなりません」と、幽霊は起《た》ちあがりながら言った。「明晩もどこかでお目にかかりましょう。そうして、あなたがわたしに加勢する……わたしがあなたに加勢する……この約束を忘れないでください」
この会見について何事をかマデライン嬢に話したものかどうかと、僕もいったんは迷ったが、またすぐに思い直して、この問題については沈黙を守らなければならないと覚《さと》った。もしこの家のうちに幽霊がいるなどということを知ったらば、彼女はおそらく即刻にここを立ち去ってしまうであろう。このことについてはなんにも言わないで、僕も挙動を慎んでいれば、彼女に疑われる気遣いはたしかにない。僕はヒンクマン氏が初めに言ったよりも、一日でもいいから遅く帰って来るようにと念じていた。そうすれば、僕は落ち着いてわれわれが将来の目的についてマデライン嬢に相談することが出来ると思っていたのであるが、今やそんな話をする機会がほんとうに与えられたとしても、それをどう利用していいか、僕にはその準備が整っていないのであった。もし何か言い出して、彼女にそれを拒絶されたらば、僕はいったいどうなるであろうか。
いずれにしても、僕が彼女にいっさいを打ち明けようとするならば、今がその時節であると思われた。マデライン嬢も僕の内心に浮かんでいる情緒を大抵は察しているべきはずであって、彼女自身も何とかそれを解決してしまいたいと望んでいるのも無理からぬことであろう。しかも、僕は暗闇のなかを無鉄砲に歩き出すようには感じていなかった。もし僕が汝《なんじ》を我《われ》にあたえよと申し出すことを、彼女も内《な
前へ
次へ
全14ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング