い》ない待ち受けているならば、彼女はあらかじめそれを承諾しそうな気色を示すべきはずである。もしまた、そんな雅量を見せそうもないと認めたらば、僕はなんにも言わないで、いっさいをそのままに保留しておくほうがむしろ優《ま》しであろうと思った。

 その晩、僕はマデライン嬢と共に、月の明かるい廊下に腰をかけていた。それは午後十時に近いころで、僕はいつでも夜食後には自分の感情の告白をなすべき準備行動を試みていたのである。僕は積極的にそれを実行しようとは思わない。適当のところで徐《じょ》じょに到達して、いよいよ前途に光明を認めたという時、ここに初めて真情を吐露《とろ》しようと考えていたのである。
 彼女も自分の位地を諒解しているらしく見えた。少なくとも僕から見れば、僕ももうそろそろ打ち明けてもいいところまで近づいてきて、彼女もそれを望んでいるらしく想像された。なにしろ今は僕が一生涯における重大の危機で、いったんそれを口へ出したが最後、永久に幸福であるか、あるいは永久に悲惨であるかが決定するのである。しかも僕が黙っていれば、彼女は容易にそういう機会をあたえてくれないであろうと信じられる、いろいろの理由があった。
 こうして、マデライン嬢と一緒に腰をかけて、少しばかり話などをしていながら、僕はこの重大事件についてはなはだ思い悩んでいる時、ふと見あげると、われわれより十二尺とは距《はな》れていないところに、かの幽霊の姿が見えた。
 幽霊は廊下の欄干《てすり》に腰をおろして片足をあげ、柱に背中を寄せかけて片足をぶらりと垂れていた。僕はマデライン嬢と向かいあっているので、彼は彼女のうしろ、僕のほとんど前に現われているのであった。僕はそれを見て、ひどく驚いたような様子をしめしたに相違なかったが、幸いに彼女は庭の景色をながめていたので気がつかないらしかった。
 幽霊は今夜どこかで僕に逢おうと言ったが、まさかにマデライン嬢と一緒にいるところへ出て来ようとは思わなかったのである。もしも彼女が自分の叔父の幽霊を見つけたとしたら、僕はなんと言ってその事情を説明していいか分からない。僕は別に声は立てなかったが、その困惑の様子を幽霊も明らかに認めたのである。
「ご心配なさることはありません」と、彼は言った。「私がここにいても、ご婦人に見つけられることはありません。また、わたしが直接にご婦人に話しかけなけ
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