どうぞお間違いのないように……」と、売りぬしは念を押した。
「名誉にかけて、きっと間違いはないよ」と、買い手は言った。
 これで売り買いは成り立ったのである。
 コスモが鏡を手にとると、老人は、「お宅までわたくしがお届け申しましょう」と、言った。
「いや、いや、私が持って行くよ」と、コスモは言った。
 彼は自分の住居を他人に見せることをひどく嫌っていた。ことにこんな奴、だんだんに嫌悪《けんお》の情の加わってくるこんな人間に、自分の住居を見られるのは忌《いや》であった。
「では、ご随意に……」と、おやじは言った。
 彼はコスモのために灯を見せて、店から送り出してしまうと、独りでつぶやいた。
「あの鏡を売るのも六度目だ。もう今度あたりでおしまいにしてもらいたいな。あの女ももうたいてい満足するだろうに……」

       二

 コスモは自分の獲物を注意して持ち帰った。その途中も、誰かそれを見付けはしないか、誰か後から尾《つ》けて来はしないかという懸念で、絶えず不安を感じていた。彼は幾たびか自分のまわりを見まわしたが、別に彼のうたがいをひくようなこともなかった。かりに彼の後を尾《つ》ける者
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