、無意識のままで炉のほとりに倒れてしまった。
五
コスモが意識をとりかえした時には、女も鏡も失せていた。彼はその以来頭痛を覚えて、数週間のあいだは寝台に横たわっていた。
彼は理性を回復すると、鏡の行くえについて考え始めた。彼女については、今までの通りに帰ってくれることを望んでいたが、彼女の運命は鏡のうちに含まれていて、鏡と運命を倶《とも》にしているのである。彼はそれについて更に焦燥を感じた。彼としては、彼女が鏡を持ち去ったとは思われなかった。それが壁にしっかりと取りつけてなかったとはいえ、それを持ち運ぶべく彼女にはあまり重いのである。彼はまたそのときの雷鳴について考えた。彼を打ち倒したものは、雷電《いかずち》ではない、何か他の物であるかのように断定した。何か彼に復讐を企てた悪魔が、自己の安全を図るために、神変不思議の魔力をもってなしたのではあるまいか。それともまた、何か他の方法で彼の鏡が前の持ちぬしのところへ戻ったのではあるまいか。そうして恐るべきことは、またもや他の男に彼女を渡すのではあるまいか。その男は、コスモ以上の魔法の力を所有していて、あのときにためらって鏡を砕き得なかった彼の利己的な不決断を呪うような、種《しゅ》じゅの事故を作りはしないであろうか。実際、それらのことを考えて、わが愛する者のために、また自分に自由を求めた女のために、さまざまに心を砕くのは、鏡の持ちぬしたるコスモとしてはある程度までは当然のことである。こうして、コスモの絶えざる観察の上に浮かんでくるすべてのものは、悩める恋びとの心を狂わすにじゅうぶんであった。
彼は自分のからだの回復を待っていられずに、とうとう外出するようになった。彼はまず、かの古道具屋の老人のところへ、何か他のものを求めにきたような顔をして出かけたのである。鏡のことについてよく知っているおやじの奴めが嘲笑的な顔をしているのが、コスモにも覚《さと》られた。しかもコスモは、そこにある家具や器物のうちに鏡を見いだすことはもちろん、またその鏡がどうなっているかを知ることもできなかった。
老人はその鏡が盗まれたということを聞いて、極度に驚いた。しかもその驚きはいつわりで、内心は平気であるらしいことをコスモは認めた。彼は悲しみを胸いっぱいにいだきながら、それをできるだけ押し隠して、そこらをいろいろに捜してみたが
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