て赤く染めたので、コスモはもう傍《そば》に寄りつきたい心持ちで夢中になっていた。その夜、彼女はダイヤモンドの輝いている夜会服を着ていた。それは格別彼女の美しさを増してはいなかったが、また別な美しさを見せていた。彼女の美しさは無限であって、こうして違った新しい身装《みなり》になると、さらに別な愛らしさを示していた。すべて自然の心は、自然の美しさを見せるために限りなくさまざまな形をあらわし、この世に出て来るすべての美しき人びとは、同じ心臓の鼓動を持っていても、二人とは同じ顔の持ち主はいないのである。個人については猶更《なおさら》のこと、身の廻りのものを限りなく変えて、あらゆる美しさを見せなければならないのである。
ダイヤモンドは彼女の髪の中から、暗い夜の雨雲のあいだから星が光るように、なかばその光りをかくしながら光っていた。彼女の腕環は、彼女が雪のような白い手でほてった顔をかくすたびに、虹の持つようなさまざまの色を輝かしていた。しかも彼女の美しさにくらべれば、これらの装飾は何ものでもなかった。
「一度でもいいから、もし彼女の片足にでも接吻《キッス》することが出来たら、僕は満足するのだが……」
コスモはそう思った。ああ、しかし、その熱情も報《むく》われないのである。彼女が美しい魔鏡の世界からこの世に出てくる二つの道があるのであるが、彼はそれを知らないのであった。たちまちある悲しみが外から湧いてきた。初めはただの歎《なげ》きであったが、のちにはそれが悩みを起こして、彼の心に深く喰い入った。
「彼女はどこかに愛人がある。その愛人の言葉を思い出して彼女は顔を染めたに相違ない。彼女は僕の所から離れると、夜昼いつでも別の世界に生きている。僕の姿は彼女にはわからない。それでいながら、彼女はどうしてここへ来て、僕のような強い男が彼女をこれ以上に見あげることが出来ないくらいに恋ごころを起こさせるのだろう」
コスモは再び彼女のほうをみると、彼女は百合《リリー》のような青白い顔色をして、悲しみの色が休みなき宝石の光りを妨げているように見えていた。その眼にはまたもや静かな涙がにじんでいた。その夜の彼女はいつもより早く部屋を立ち去ったので、コスモは独り取り残されて、胸のうちが急に空虚になり、全世界はその地殻を破られたように思われた。
次の夜(彼女がこの部屋に来はじめてから最初のことである
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