らべてあるばかりで、その一つには今まで誰かがそこに寝ていたように、頭や肱《ひじ》の痕がありありと深く残っていました。
 椅子はみな取り散らされて、おそらく戸棚であろうと思われる扉も少しあけかけたままになっていました。私はまず窓ぎわへ行って、明かりを入れるために戸をあけたが、外の鎧戸《よろいど》の蝶つがいが錆びているので、それを外すことが出来ない。剣でこじあけようとしたが、どうもうまくゆきませんでした。こんなことをしているうちに、私の眼はいよいよ暗いところに馴れてきたので、窓をあけることはもう思い切って、わたしは机のほうへ進み寄りました。そうして、肱かけ椅子に腰をおろして抽斗《ひきだし》をあけると、そのなかには何かいっぱいに詰まっていましたが、わたしは三包みの書類と手紙を取り出せばいいので、それはすぐに判るように教えられているのですから、早速それを探し始めました。
 私はその表書きを読み分けようとして、暗いなかに眼を働かせている時、自分のうしろの方で軽くかさり[#「かさり」に傍点]という音を聴きました。聴いたというよりも、むしろ感じたというのでしょう。しかしそれは隙間《すきま》を洩る風がカーテンを揺すったのだろうぐらいに思って、わたしは別に気にもとめなかった。ですが、そのうちにまた、かさり[#「かさり」に傍点]という、それが今度はよほどはっきりと響いて、わたしの肌になんだかぞっとするような不愉快な感じをあたえましたが、そんな些細《ささい》なことにいちいちびくびくして振り向いているのも馬鹿らしいので、そのままにして探し物をつづけていました。ちょうど第二の紙包みを発見して、さらに第三の包みを見つけた時、私の肩に近いあたりで悲しそうな大きい溜め息がきこえたので、私もびっくりして二ヤードほどもあわてて飛びのいて、剣の柄《つか》に手をかけながら振り返りました。剣を持っていなかったら、私は臆病者になって逃げ出したに相違ありません。
 ひとりの背の高い女が白い着物をきて、今まで私が腰をかけていた椅子のうしろに立って、ちょうど私と向かい合っているのです。私はほとんど引っくり返りそうになりました。そのときの物凄《ものすご》さはおそらく誰にもわかりますまい。もしあなたがたがそれを見たらば、魂は消え、息は止まり、総身《そうみ》は海綿のように骨なしになって、からだの奥までぐずぐずに頽《くず》
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