るように生い茂っていました。
 わたしが雨戸を蹴る音を聞きつけて、ひとりの老人が潜《くぐ》り戸をあけて出て来ましたが、彼はここに立っている私の姿を見て非常におどろいた様子でした。私は馬から降りて、かの手紙を差し出すと、老人はそれを一度読み、また読み返して、疑うような眼をしながら私に訊《き》きました。
「そこで、あなたはどういう御用《ごよう》でございますか」
「おまえの主人の手紙に書いてあるはずだ。わたしはここの家《うち》へはいらせてもらわなければならない」
 彼はますます転倒した様子で、また言いました。
「さようでございますか。では、あなたがおはいりになるのですか、旦那さまのお部屋へ……」
 わたしは焦《じ》れったくなりました。
「ええ、おまえは何でそんなことを詮議するのだ」
 彼は言い渋りながら、「いいえ、あなた。ただ、その……。あの部屋は不幸のあったのちにあけたことがないので……。どうぞ五分間お待ちください。わたくしがちょっといって、どうなったか見てまいりますから」
 わたしは怒って、彼をさえぎりました。
「冗談をいうな。おまえはどうしてその部屋へいかれると思うのだ。部屋の鍵はおれが持っているのだぞ」
 彼ももう詮方《せんかた》が尽きたらしく、「では、あなた。ご案内をいたしましょう」
「階子《はしご》のある所を教えてくれればいい。おれが一人で仕事をするのだ」
「でも、まあ、あなた……」
 わたしの癇癪《かんしゃく》は破裂しました。
「もう黙っていろ。さもないと、おまえのためにならないぞ」
 わたしは彼を押しのけて、家のなかへつかつかと進んでゆくと、最初は台所、次はかの老人夫婦が住んでいる小さい部屋、それを通りぬけて大きい広間へ出ました。そこから階段を昇ってゆくと、私は友達に教えられた部屋の扉《ドア》を認めました。鍵を持っているので、雑作《ぞうさ》もなしに扉をあけて、私はその部屋の内へはいることが出来ました。
 部屋の内はまっ暗で、最初はなんにも見えないほどでした。私はこういう古い空《あ》き間《ま》に付きものの、土臭いような、腐ったような臭いにむせながら、しばらく立ち停まっているうちに、わたしの眼はだんだんに暗いところに馴れてきて、乱雑になっている大きい部屋のなかに寝台の据えてあるのがはっきりと見えるようになりました。寝台にシーツはなく、三つの敷蒲団と二つの枕がな
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