わたしの大きな不運であった。いったい、彼女はどんなふうの女であるかを知るのは、諸君にとってもかなり必要なことであるが、それには航海の終わりごろから彼女とわたしとが、たがいに熱烈な不倫の恋に陥《お》ちたということを知れば、満足がゆかれるだろう。
 こんなことは、自分に多少なりとも虚栄心がある間は白状の出来ることではないのであるが、今の私にはそんなものはちっともない。さて、こうした恋愛の場合には、一人があたえ、他の一人が受けいれるというのが常である。ところが、われわれの前兆の悪い馴れそめの第一日から、私はアグネスという女は非常な情熱家で、男まさりで――まあ、しいて言うなら――私よりも純な感情を持っているのを知った。したがってその当時、彼女がわれわれの恋愛をどう思っていたか知らないが、その後、それは二人にとって実に苦《にが》い、味のないものになってしまった。
 その年の春にボンベイに着くと、私たちは別れわかれになった。それから二、三ヵ月はまったく逢わなかったが、わたしの賜暇と彼女の愛とがまたもや二人をシムラに馳《は》しらせた。そこでその季節《シーズン》を二人で暮らしたが、その年の終わるころに
前へ 次へ
全56ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング