もヘザーレッグが往診に呼ばれて外出する時には、よくパンセイのそばに坐っていてやったが、ある時わたしはもう少しで叫び声を立てようとしたことがあった。それから彼は、低いけれども忌《いや》に落ち着いた声で、自分の寝床の下をいつでも男や女や子供や悪魔の行列が通ると言って、私をぞっとさせた。彼の言葉は熱に浮かされた病人独特の気味の悪いほどの雄弁であった。彼が正気に立ちかえった時、わたしは彼の煩悶《はんもん》の原因となる事柄の一部始終を書きつらねておけば、彼のこころを軽くするに違いないからと言って聞かせた。実際、小さな子供が悪い言葉を一つ新しく教わると、扉にそれをいたずら書きをするまでは満足ができないものである。これもまた一種の文学である。
執筆中に彼は非常に激昂していた。そうして、彼の執《と》った人気取りの雑誌張りの文体が、よけい彼の感情をそそった。それから二ヵ月後には、仕事をしても差し支えないとまで医者にいわれ、また人手の少ない委員会の面倒な仕事を手伝ってくれるように切《せつ》に懇望されたにもかかわらず、臨終に際して、自分は悪夢におそわれているということを明言しながら、みずから求めて死んでし
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