路とコムバーメア橋との間の道いっぱいに響き渡ったので、七、八人の者がこんな乱暴な真似をしているのだと思ったが、結局それは私の名を呼んでいるのではなくて、何か歌を唄っているに相違ないと考えた。
そのとき、たちまちにペリティの店の向う側を黒と白の法被《はっぴ》を着た四人の苦力《クーリー》が、黄いろい鏡板の安っぽい出来合い物の人力車を挽《ひ》いて来るのに気がついた。そうして、懊悩《おうのう》と嫌悪《けんお》の念を持って、わたしは去年のシーズンのことや、ウェッシントン夫人のことを思い出した。
それにしても、彼女はもう死んでしまって、用は済んでいるはずである。なにも黒と白の法被を着た苦力をつれて、白昼の幸福を妨げにこなくてもいいわけではないか。それで私は、まずあの苦力らの雇いぬしが誰であろうと、その人に訴えて、彼女の苦力の着ていた法被を取り替えるように懇願してみようと思った。あるいはまた、わたし自身がかの苦力を雇い入れて、もし必要ならばかれらの法被を買い取ろうと思った。とにかくに、この苦力らの風采がどんなに好ましからぬ記憶の流れを喚起《かんき》したかは、とても言葉に言い尽くせないのである。
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