したが、やがて聖餐祭は始まりました。実にしずかな聖餐祭で、人びとのくちびるの動きは見えても、その声はきこえないのです。鐘の音もきこえません。
カトリーヌは自分のまわりにいる不思議な人びとの注目を受けていることを感じながら、わずかに顔を振り向けようとする時、そっと隣りを偸《ぬす》み見ると、その人は婆さんがかつて愛していて、四十五年前にもう死んでいるはずの騎士ドーモン・クレーリーであったのです。カトリーヌはその人であることを、左の耳の上にある小さい痣《あざ》と、長い睫毛《まつげ》が両方の頬《ほほ》にまで長い影をうつしているのとでたしかめたのです。彼は黄金《きん》色のレースのついている緋色《ひいろ》の猟衣《かりぎぬ》を着ていましたが、その服装こそは聖レオナルドの森で、初めて彼がカトリーヌに逢って、彼女に飲み水をもらって、そっと接吻《キッス》をした時の姿であったのです。彼はいまだに若わかしく、立派な風貌をそなえていて、彼が微笑を浮かべると、今も美しい歯並があらわれるのでした。カトリーヌは低い声で彼に話しかけました。
「過ぎし日の私のお友達……そうして、私が女としてのすべての愛を捧げたあなたに、神様のお加護がありますよう……。神様は、あなたのお心にしたがった私の罪をついに後悔させようとなされましょうが、私はこんな白い髪になって、一生の終わりに近づきましても、あなたを愛したことはいまだに後悔いたしておりません。そこで伺いますが、この聖餐祭に集まっていられる、あの昔ふうの服装《なり》をしている方がたはどなたでございます」
騎士ドーモン・クレーリーは、呼吸《いき》をするよりも微かな、しかも透き通った声で答えました。
「あの男や女は、私たちが犯したような罪……動物的恋愛の罪のために、神様を悲しませた人たちです。煉獄《れんごく》の境いから来た霊魂たちです。しかしそのために、神様から追放されているのではありません。あの人たちの罪は私たちと同じように、無分別がさせた罪であるからです。あの人たちは、地上にいたときに愛していた人たちから離されている間に、この人たちにとって最も残酷な呵責《かしゃく》である放心の苦難を受けて、煉獄の浄火に聖《きよ》められたのです。この人たちの愛の苦しみは、天界にいる天使たちから見ると、憐れに見えるほどの不幸であるのです。この人たちは、天界の最も高き所にいます神
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