の許しによって、一年のうち夜の一時間だけは、この人たちの教区に属する教会で、愛人と愛人とが逢うことができるのです。ここで、この人たちが、影の聖餐祭に集まって、手と手を握り合うことを許されています。私もここで、まだ死んでいないあなたに逢うことを許されたのは、これも神様のあたえてくだされた一つの愉楽なのです」
 そこで、カトリーヌ・フォンテーヌは次のように答えました。
「もし私が、いつか森の中であなたに飲み水をさしあげた時のように美しくなれますなら、わたしは喜んで死にたいと思います」
 二人が低い声でこんな話をしている間に、ひどく年をとった僧が大きな銅盤を礼拝者の前に差し出しながら、喜捨の金を集めに来ました。礼拝者たちは交るがわるにその中へ、遠い以前から通用しない貨幣を置きました。六ポンドのエクー古銀貨、英国のフロリン銀貨、ダカット銀貨、ジャコビュスの金貨、ローズノーブルの銀貨などが音もなしに盤のなかへ落ちました。その盤はついに騎士の前に置かれたので、彼はルイス金貨を落としましたが、今までの金貨や銀貨と同じように、これも音を立てませんでした。
 それから、かの老僧はカトリーヌ・フォンテーヌの前に立ち停まったので、カトリーヌは懐中《ふところ》を探りましたが、一ファージングの銅貨も持ち合わせていませんでした。しかし、何も入れないでそのまま通してしまいたくなかったので、騎士が死ぬ前に彼女に与えた指環を指から抜き取って、その銅盤へ投げ入れると、金の指環が盤の上に落ちると同時に、おもおもしい鐘が鳴りひびきました。この鐘の反響のうちに、騎士を初め、僧員や司祭者や役僧や、婦人や、そこに集まっているすべての人たちはみな消えてしまったのです。灯のついていた蝋燭も流れては消え、ただ、かのカトリーヌ・フォンテーヌの婆さんだけが闇のなかに取り残されました。
 堂守はここで話を終わると、葡萄酒をひと息にぐっと飲みほして、しばらく黙っていたが、やがてまた、次のように話し始めた。
「わたしは親父が何度も繰り返して話して聴かせたのを、そのままお話し申したのですが、これは本当にあった話だと思います。それというのは、この話はすべてその昔に私が見知っている……今はこの世にいない人たちの様子や特別な風習に符合《ふごう》しているからです。わたしは子供のときから、死人のことにずいぶんかかり合いましたが、死人はみな
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