を知っているよ。彼は君を見たことがあるに違いない」と、バグリオーニは急《せ》き込んで言った。「何かの目的で、あの男は君を研究している。僕はあの様子で分かったのだ。彼がある実験のために、ある花の匂いで殺した鳥や鼠や蝶などに臨むとき、彼の顔に冷たくあらわれるものとまったく同じ感じだ。その容貌は自然そのもののごとくに深味をもっているが、自然の持つ愛の暖か味はない。ジョヴァンニ君。君はきっとラッパチーニの実験の一材料であるのだ」
「先生。あなたは僕を馬鹿になさるのですか。そんな不運な実験だなどと……」と、ジョヴァンニは怒気を含んで叫んだ。
「まあ、君、待ちたまえ」と、執拗《しつよう》な教授は繰りかえして言った。「それはね、ジョヴァンニ君。ラッパチーニが君に学術的興味を感じたのだよ。君は恐ろしい魔手に捉《とら》われているのだ。そうして、ベアトリーチェは……彼女はこの秘密についてどういう役割を勤めるのかな」
 しかしジョヴァンニはバグリオーニ教授の執拗にたえきれないで、逃げ出して、教授がその腕を再び捉えようとしたときには、もうそこにはいなかった。教授は青年のうしろ姿をまばたきもせずに見つめて、頭を
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