が彼を認めて引き返し、息を切りながら彼に追いついて、その腕を取ったのである。
「ジョヴァンニ君。おい、君。ちょっと待ちたまえ。君は、僕を忘れたのか。僕が君のように若返ったとでもいうのなら、忘れられても仕方がないが……」と、その人は呼びかけた。
それはバグリオーニ教授であった。この教授は悧口《りこう》な人物で、あまりに深く他人の秘密を見透し過ぎるように思われたので、彼は初対面以来、この人をそれとなく避けていたのである。彼は自己の内心の世界から外部の世界をじっと眺めて、自己の妄想から眼覚めようと努めながら、夢みる人のように言った。
「はい、私はジョヴァンニ・グァスコンティです。そうしてあなたは、ピエトロ・バグリオーニ教授。では、さようなら」
「いや、まだ、まだ、ジョヴァンニ・グァスコンティ君」と、教授は微笑とともに青年の様子を熱心に見つめながら言った。「どうしたことだ。僕は君のお父さんとは仲よく育ったのに、その息子はこのパドゥアの街で僕に逢っても、知らぬ振りをして行き過ぎてもいいのかね。ジョヴァンニ君。別れる前にひとこと話したいから、まあ、待ちたまえ」
「では、早く……。先生、どうぞお早
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