ようなある力の影響をうけていることを、自分ながら幾分《いくぶん》か気がついた。もし彼の心に本当の危険を感じているならば、最も賢明なる策はこのパドゥアを一度離れることであろう。第二の良策は、日中に見たところのベアトリーチェの親しげな様子に出来るだけ慣れてしまって、彼女をきわめて普通の女性と思うようになることであろう。殊《こと》に彼女を避けているあいだ、ジョヴァンニはこの異常なる女性に断然接近してはならない。彼女と親しい交際が出来そうにでもなったらば、絶えず想像をたくましゅうしている彼の気まぐれが、いつか真実性を帯びて来る虞《おそ》れがあるからである。
 ジョヴァンニは、深い心を持たずして――今それを測《はか》ってみたのではないが――敏速な想像力と、南部地方の熱烈な気性とを持っていた。この性質はいつでも熱病のごとくに昂《たか》まるのである。ベアトリーチェが恐るべき特質――彼が目撃したところによれば、その恐ろしい呼吸とか、美しい有毒の花に似ているとかいうこと――それらの特質を持っていると否《いな》とにかかわらず、彼女はすくなくとも、非常に猛烈な不可解の毒薬をそのからだのうちに沁み込ませてしま
前へ 次へ
全66ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング