るためにも、彼は人間の生命――なかんずく、彼自身の生命、あるいはそのほか彼にとって最も親しい者の生命でも、犠牲に供するのを常としているのだ」
「わたしの考えでは、彼は実際|畏《おそ》るべき人だと思います」と、心のうちにラッパチーニの冷静なひたむきな智的態度を思い出しながら、ジョヴァンニは言った。「しかし、崇拝すべき教授であり、また、まことに崇高な精神ではありませんか。それほどに科学に対して、精神的な愛好をかたむけ得る人が他にどれほどあるでしょうか」
「少なくとも、ラッパチーニの執《と》った見解よりは、治療術というもっと健全な見解を執るのでなかったら……。ああ、神よ禁じたまえ」と、教授はやや急《せ》き立って答えた。「あらゆる医学的効力は、われわれが植物毒剤と呼ぶものの内に含蓄されているというのが、彼の理論である。彼は自分の手ずから植物を培養して、自然に生ずるよりは遙かに有害な種じゅの恐ろしい新毒薬を作ったとさえいわれている。それらのものは彼が直接に手をくださずとも、永遠にこの世に禍《わざわ》いするものである。医者たる者がかくのごとき危険物を用いて、予想よりも害毒の少ないことのあるのは、否
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