すようなことを言うのは悪いことであろう。しかし一方において、ジョヴァンニ君。君は旧友の子息である。君のような有望の青年が、この後《のち》あるいは君の生死を掌握するかもしれないような人間を尊敬するような、誤まった考えをいだくのを黙許してもいいかわるいかという僕は自己の良心に対して、少しばかりそれに答えなければならない。実際わが尊敬すべきドクトル・ラッパチーニは、ただ一つの例外はあるが、おそらくこのパドゥアばかりでなく、イタリー全国におけるいかなる有能の士にも劣らぬ立派な学者であろう。しかし、医者としてのその人格には、大いなる故障があるのだ」
「どんな故障ですか」と、青年は訊《き》いた。
「医者のことをそんなに詮索《せんさく》するのは、君は心身いずれかに病気があるのではないかな」と、教授は笑いながら言った。「だが、ラッパチーニに関しては――僕は、彼をよく知っているので、実際だと言い得るが――彼は人類などということよりも全然、科学の事ばかりを心にかけているといわれている。彼におもむく患者は、彼には新しい実験の材料として興味があるのみだ。彼の偉大な蘊蓄《うんちく》に、けしつぶぐらいの知識を加え
前へ 次へ
全66ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング