き声がきこえたかと思うと、老いさらばえた一匹の犬が近づいて来るのでした。
それは前《ぜん》の司祭の犬で、ただれた眼、灰色の毛、これ以上の年をとった犬はあるまいと思われるほどの衰えを見せていました。わたしは犬を軽くたたいてやりますと、何か満足らしい様子で、すぐにわたしのそばを通って行ってしまいました。そのうちに前の司祭の時代からここの留守番であったというひどい婆さんが出て来ました。老婆はうしろの小さい客間へわたしたちを案内して、今後もやはり自分を置いてもらえるかということを尋《たず》ねるのです。彼女も、犬も鶏も、前の司祭が残したものはなんでも皆そのままに世話をしてやると答えますと、彼女は非常に喜びました。セラピオン師はこれだけの小さい世帯を保ってゆくために、彼女の望むだけの金をすぐに出してやったのであります。
さて、それからまる一年のあいだ、わたしは自分の職務について、十分に行き届いた忠実な勤めをいたしました。祈祷と精進はもちろん、病める者はわが身の痩せるような思いをしても救済し、その他の施しなどについても、わたし自身の生計《くらし》に困るほどまでに尽力しました。しかもわたしは自分の
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