うSの町は、もうそこへ帰ることのできない運命とともに、永遠にわたしの眼から見えなくなってしまいました。
田舎のうす暗い野原ばかりを過ぎて、三日間の倦《う》み疲れた旅行ののち、わたしが預かることになっている、牡鶏《おんどり》の飾りのついている教会の尖塔が樹樹《きぎ》の間から見えました。それから、茅《かや》ぶきの家と小さい庭のある曲がりくねった道を通ったのち、あまり立派でもない教会の玄関の前に着いたのです。
入り口には、いくらかの彫刻が施してあるが、荒彫《あらぼ》りの砂岩石の柱が二、三本と、またその柱と同じ石の控え壁をもっている瓦ぶきの屋根があるばかり、ただそれだけのことでした。左の方には墓所があって、雑草がいっぱいに生いしげり、まん中あたりに鉄の十字架が建っています。右の方に司祭館が立っていて、あたかも教会の蔭になっているのです。それがまた極端に単純素朴なもので、囲いのうちにはいってみると、二、三羽の鶏《とり》がそこらに散らばっている穀物をついばんでいます。鶏は僧侶の陰気な習慣になれていると見えて、わたしたちが出て来ても別に逃げて行こうともしません。どこかで嗄《か》れたような啼《な》
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