うちに、大きい充《み》たされないものがありました。神の恵みは、わたしには与えられないように思われました。この神聖な布教の職にあるものに湧きでるはずの幸福というものが、一向に分からなくなりました。わたしの心は遠い外に行っていたのです。クラリモンドの言葉が今もわたしの口唇《くちびる》に繰り返されていたのでした。
ああ、皆さん。このことをよく考えてみて下さい。わたしがただの一度、眼をあげて一人の女人《にょにん》を見て、その後何年かのあいだ、最もみじめな苦悩をつづけて、わたしの一生の幸福が永遠に破壊されたことを考えてみてください。しかし私はこの敗北状態について、また霊的には勝利のごとく見えながら、更におそろしい破滅におちいったことについて、くどくどと申し上げますまい。それからすぐに事実のお話に移りたいと思います。
三
ある晩のことでした。わたしの司祭館のドアの鈴《ベル》が長くはげしく鳴りだしたのです。老婆が立ってドアをあけると、一つの男の影が立っていました。その男の顔色はまったく銅色《あかがねいろ》をしておりまして、身には高価な外国の衣服をつけ、帯には短剣を佩《お》びてい
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