か、誰を信じていいか。それが私にはまったく堪《た》えられないほどの苦労でありました。
翌あさ、セラピオン師はわたしを連れに来たのです。旅行用の貧しい手鞄などを乗せている二匹の騾馬《らば》が門前に待っていました。セラピオン師は一方の騾馬に乗り、わたしは型のごとくに他の騾馬に乗りました。
町の路《みち》みちを通るとき、わたしはもしやクラリモンドに逢いはしないかと、家いえの窓や露台に気をつけて見ました。朝が早かったので、街《まち》もまだほとんど起きてはいませんでした。わたしは自分の通りかかった邸宅という邸宅の窓の鎧戸《よろいど》やカーテンを見透すように眼をくばりました。
セラピオン師はわたしの態度を別に疑いもせず、ただ私がそれらの邸宅の建築を珍らしがっているのだと思って、わたしがなお十分に見ることが出来るように、わざと自分の馬の歩みをゆるやかにしてくれました。わたしたちはついに町の門を過ぎて、前方にある丘をのぼり始めました。その丘の頂上にのぼりつめた時、わたしはクラリモンドの住む町に最後の一瞥《いちべつ》を送るために見返りました。
町の上には、大きい雲の影がおおい拡がっておりました。
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