んなに、野獣などのように怒り狂っているのです。気をおつけなさい。悪魔の声に耳を傾けてはならない。恐れてはならない。勇気を失ってはなりませんぞ。そんな誘惑に出逢った場合には、何よりも確固たる信念と注意とに頼らなくてはいけません。さあ、しっかりしてよくお考えなさい。そうすれば悪魔の霊はきっとあなたから退散してしまいます」
 セラピオン師の言葉で、わたしは我れにかえって、いくぶんか心が落ちついて来ました。彼は更に言いました。
「あなたはCという所の司祭に就くことになったので、それを知らせに来たのです。そこの僧侶が死んだので、あなたがそこへ就職するように司教さまから命ぜられました。明日すぐに出発できるように用意してもらいたいのです」
 彼女に再び逢うことなしに、明日ここを離れて行き、今まで二人のあいだを隔てる障《さわ》りある上に、さらに二人の仲をさくべき関所を置くことになったら、奇蹟でもない限りは彼女に逢うことは永遠にできなくなるのです。手紙を書いてやることは所詮《しょせん》できないことです。誰にたのんでその手紙を渡していいか、それさえも分からない。僧職にある身が誰にこんなことを打ち明けていい
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