つと、棺は激しい音を立てました。彼はそれをねじ廻して、蓋《ふた》を引きのけました。さてかのクラリモンドは――と見ると、彼女は大理石像のような青白い姿で、両手を組みあわせ、頭から足へかけて白い屍衣《しい》一枚をかけてあるだけでした。彼女の色もない口の片はしに、小さい真っ紅な一滴が露のように光っていました。セラピオン師はそれを見ると、大いに怒りを発しました。
「おお、悪魔がここにいる。汚《けが》れたる娼婦! 血と黄金《こがね》を吸うやつ!」
 それから彼は死骸と棺の上に聖水をふりかけて、その上に聖水の刷毛《はけ》をもって十字を切りました。哀れなるクラリモンド――彼女は聖水のしぶきが振りかかるやいなや、美しい五体は土となって、ただの灰と、なかば石灰に化した骨と、ほとんど形もないような塊《かたまり》になってしまいました。
 冷静なセラピオン師は、いたましい死灰を指さして叫びました。
「ロミュオー卿、あなたの情人をご覧なさい。こうなっても、あなたはまだこの美人とともに、リドの河畔やフュジナを散歩しますか」
 わたしは両手で顔をおおって、大いなる破滅の感に打たれました。わたしは司祭館に帰りました。
 クラリモンドの愛人として身分の高いロミュオー卿は、長いあいだ不思議な道連れであった僧侶の身から離れてしまったのです。しかもただ一度、それは前の墓ほり事件の翌晩でしたが、わたしはクラリモンドの姿を見ました。彼女は初めて教会の入り口でわたしに言ったと同じことを言いました。
「不幸なかた、ほんとうに不幸なかた……。どうしてあなたは、あんな馬鹿な坊さんの言うことを肯《き》きなすったのです。あなたは不幸でありませんか。わたしのみじめな墓を侮辱されたり、うつろな物をさらけ出されたりするような悪いことを、わたしはあなたに仕向けたでしょうか。あなたとわたしとの間の霊魂や肉体の交通は、もう永遠に破壊されてしまいました。さようなら。あなたはきっと私のことを後悔なさるでしょう」
 彼女は煙りのように消えて、二度とその姿を見せませんでした。
 ああ、彼女の言葉は真実となりました。わたしは彼女のことをいくたび歎《なげ》いたか分かりません。いまだに彼女のことを後悔しています。わたしの心はそのご落ちついて来ましたが、神様の愛も彼女の愛に換えるほどに大きくはありませんでした。

 皆さん。これはわたしの若い時の話
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