父が、祖母から負けた賭け金を聞いたときには、ほとんど気が遠くなったというのだろう、なんでもよほどの金高らしかったのだね。で、さすがの祖父も、半年のあいだに祖母が賭けでつかった金が五十万フランにも達していることをかぞえ立てて、自分のモスクワやサラトヴの領地がパリにあるわけではないから、とてもそんな巨額の負債は払えないと断然拒絶したのだ。すると、僕の祖母は祖父の耳のあたりを平手で一つ喰らわせた上に、自分が怒っているということを示すために、黙って独《ひと》りで寝てしまった。
さて、そのあくる日になって、祖母はゆうべの夫への懲らしめがうまく利《き》いてくれればいいがと心に祈りながら、祖父を呼び寄せて口説いたが、祖父はやはり頑として肯《き》かなかった。祖母は自分には負債に負債があること、しかし貴族と馭者《ぎょしゃ》とは違うのであるから、負債はどこまでも支払わなければならないことを言い聞かせれば、おそらく説得できるものと思ったので、結婚以来初めて祖父に言訳《いいわけ》をしたり、説明を試みたりしたのだが、結局それは無効に終わって、祖父は依然として聞き容《い》れなかった。そこでこの問題は夫婦間だけで
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