てあるのではないが、どうしてもあかないので、結局その隙間《すきま》へ鑿《のみ》の刃を挿《さ》し込んで、ようようにこじあけると、抽斗のなかには、はなはだ簡単な化学機械が順序正しくならんでいた。
小さな薄い書物――むしろ書板《タブレット》というべき物の上に、ガラスの皿を置いてあって、その皿には清らかな液体がみたされていた。液体の上には磁石のような物が浮かんでいて、その磁石の針は急速に廻転するのであった。しかし普通の磁石が示す方向とはちがって、天文学者が惑星を指示するものとあまり異っていない七つの奇妙な文字がしるされていた。抽斗は木でしきられていて、それが榛《はん》の木のたぐいであることを後に知ったが、その抽斗の中から一種特別な、しかも強烈でもなく、また不愉快でもないような匂いが発して来た。
その匂いの原因はなんであるか知らないが、とにかくにそれが人間の神経に感じるもので、J氏と私ばかりでなく、この部屋に居あわせた二人の職人も、指のさきから髪の毛の根までがうずくように感じたのであった。
タブレットの詮議を急ぐので、わたしはその皿を取りのけると、磁石の針は非常の急速力をもって廻転をはじめ
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