自己の大なる力を信ずるような、一種の無慈悲な落ちつきかた――。
わたしはその裏をあらためてみようと思って、機械的にその肖像画を裏がえすと、そこにはペンタクル(五芒星形)が彫刻してあった。ペンタクルの中央には階子《はしご》の形があって、その三段目には一七六五年と記されていた。さらに精密に検査しているうちに、わたしは弾機《ばね》を発見した。その弾機を押すと、額《がく》のうしろは蓋《ふた》のように開いた。その蓋の裏には「マリアナが汝《なんじ》に命ず。生くる時も死せる時も――に忠実なれ」と彫刻してあった。
誰に忠実なれというのか、その人の名はここにしるさないが、それは私にも心当たりがないではなかった。わたしは子供のときに老人から聞かされたことがある。かれは人の眼をくらます偽《にせ》学者で、自分の家のなかで自分の妻とその恋がたきとを殺して逃走したために、約一年間もロンドン市中を騒がしたのであった。しかし、わたしはそれをJ氏に語るのを厭《いと》うて、そのまま額の裏をとじてしまった。
金庫のうちの第一の抽斗をあけるのは、別にむずかしくもなかったが、第二の抽斗をあけるには非常に困った。錠をおろし
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