ような服を着ていたが、その襞《ひだ》の付いた襟や、レースや、帯どめの細工《さいく》をこらした旧式の美しい服装が、それを着ている死人のような男と不思議の対照をなして、いかにも奇怪に、むしろ怖ろしいようにも見られた。
男の形が女に近づくと、壁の黒い影も動き出して来て、この三つがたちまちに暗いなかに包まれてしまったが、やがて青白い光りが再び照らされると、男と女の二つの幽霊は、かれらのあいだに突っ立っている大きい黒い影につかまれているように見えた。女の胸には血のあとがにじんでいた。男は剣を杖にして、これもその胸のあたりから血がしたたっていた。黒い影はかれらを呑《の》んで、いずれも皆そのままに消えてしまうと、以前の火の玉がまたあらわれて、走ったり転《ころ》がったりしているうちに、だんだんにそれが濃くなって、さらに激しく入り乱れて動いた。
三
爐《ろ》の右手にある化粧室のドアがあいて、その口からさらに老婆の形があらわれた。老婆はその手に二通の手紙を持っていた。また、そのうしろに跫音《あしおと》が聞こえるようであった。老婆は耳を傾けるように振り返ったが、やがてかの手紙をひらいて
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