もここからも、光りの泡のような火花と火の玉があらわれた。それは緑や黄や、火のごとく紅《あか》いのや、空のごとく薄青いのや、いろいろの色をなしているのであった。椅子は誰が動かすともなしに壁ぎわを離れて、寝台の正面に直されたかと思うと、女の形がそこにあらわれた。それは死人のように物凄いものではあったが、生きている者の形であるらしく明らかに認められた。
 それは悲しみを含んだ若い美人の顔であった。身には雲のように白いローブ(長いゆるやかな着物)をまとって、喉《のど》から肩のあたりは露出《あらわ》になっていた。女は肩に垂れかかる長い黄いろい髪を梳《す》きはじめたが、私のほうへは眼もくれずに、耳を傾けるような、注意するような、待つような態度で、ドアの方を見つめていると、うしろの壁に残っている「黒い物」の影はまた次第に濃くなって、その頭にある二つの眼のようなものが女の姿を窺っているらしくも思われた。
 ドアはしまっているのであるが、あたかもそこからはいって来たように、他の形があらわれた。それも女とおなじくはっきりしていて、同じく物凄く見えるような、若い男の顔であった。男は前世紀か、またはそれに似た
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