たくしと一緒に川下の方へ行くことになりました。
市野さんはお前がそれほどに言うならば、元々通りになってもいい。いっそ両親にわけを話して、表向きに結婚してもいい。しかし今のように病院通いの身の上では困る。まずその悪い病気を癒してしまった上でなければ、どうにもならない。ついては、おまえの病毒は普通の注射ぐらいでは癒らない。わたしが多年研究している秘密の薬剤があって、それを飲めばきっと癒るから、ふた月ほども続けて飲んでくれないかと言うんです。
わたくしはすぐに承知して、ええ、そんな薬があるならば飲みましょうと言うと、市野さんは袂から小さい粉薬《こぐすり》の壜を出して、これは秘密の薬だから決して人に見せてはいけない、飲んでしまったら空壜を川のなかへほうり込んでしまえという。その様子がなんだか怪しいので、わたくしは片手で男の袖をしっかり掴んで、あなた、ほんとうにこの薬を飲んでもいいんですかと念を押すと、市野さんはすこしふるえ声になって、なぜそんなことを訊くのだと言いますから、わたくしは掴んでいる男の袖を強く引っ張って、あなた、これは毒薬でしょうと言うと、市野さんはいよいよ慄《ふる》え出して、
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